慶應義塾大学医学部スポーツ医学総合センターの勝俣良紀専任講師、佐藤和毅教授、同内科学(循環器)教室の佐野元昭准教授、同臓器再生医学寄付講座小林英司教授らは、(株)日本医化器械製作所との共同研究で、室内トレッドミル運動中に呼気から発生するエアロゾルの除去に有用なトレッドミル用層流換気システムを新規に開発しました。
新型コロナウイルスの感染拡大スポットの例としてあげられたことをきっかけに、多くの方が気軽にスポーツクラブやジムに足を運べなくなりました。新型コロナ感染予防対策としては、手洗い・うがいの徹底やマスクの着用のほか、マシンや備品の利用後の消毒やフィジカルディスタンスに配慮した対策がとられています。しかし、新型コロナウイルスの感染経路としては、接触感染および飛沫感染に加えて、空気感染(空気中を漂う微粒子「エアロゾル」を介する感染)(注1)の恐れがあると警告されています。
本研究グループは、手術室の原理を応用してトレッドミル用層流換気システムを新規に開発しました。本システムは、粒径が0.3 µmの粒子を99.97%以上捕集するHEPAフィルター(注2)を通した清浄空気をトレッドミル機器の天井に設置した供給ユニットから流し込み、足側に設置した排気ユニットで吸引して、HEPAフィルターで濾過して排気することで、トレッドミル機器全体に層流を作りだします。
本システムによるトレッドミル運動中のエアロゾルの除去効果を確認するために、ランニングサイエンスラボ(日建総業株式会社)の協力のもと、実証試験を行いました。20名の健常者(年齢:29±12歳、男性:80%)を対象に、汗乳酸センサ(株式会社グレースイメージング社)を装着しながら、トレッドミル運動負荷を行い、呼気から発生する粒径が0.3 µm以上の粒子数(エアロゾル)を1分間ごとに測定しました。有酸素運動中(汗乳酸値が上昇する前まで)中のエアロゾルの発生は、安静時と変わりませんでしたが、無酸素性作業閾値(乳酸閾値)(注3)を超えると、エアロゾルの発生が急激に増加することが判明しました。エアロゾルの発生が増加した無酸素運動中でも、我々が開発した層流換気システムを稼働させると、エアロゾルがほぼ完全に排除できることが分かりました(2120800±759700 vs. 560±170、paired t test; p<0.001)。
今回の研究によって、有酸素運動中は呼気中のエアロゾル濃度が増えないこと、トレッドミルでランニング中に発生するエアロゾルは、この層流換気システムで完全に排除できることが分かりました。スポーツジムなどの屋内運動施設では、事本層流換気システムを用いることで強固な感染対策が可能であると考えられました。
本成果は、2021年11月11日に国際学術雑誌の『PLOSONE』電子版に掲載されました。
1.研究の背景と概要
コロナのアウトブレイク後に、3密を防いた生活様式が推奨されるようになり、スポーツジムでのクラスター(感染者集団)が発生の報道を受けて、その利用は大きく落ち込んでおります。スポーツジムでは、新型コロナ感染予防対策としては、手洗い・うがいの徹底やマスクの着用のほか、マシンや備品の使用後の消毒、「密集」「密接」「密閉」の3つの「密」が重ならないように配慮した対策がとられています。
新型コロナウイルスは、エアロゾル中にも感染力をもって長時間、空間内に残存し空気感染することが分かっています。しかし、どのくらいの強度の運動が、エアロゾル数を増やすのかに関しては、科学的には十分に検証されていません。そのため、新型コロナウイルス感染症流行下でも、安心してスポーツジムで運動してもらうためには、運動中の空気感染予防のための科学的エビデンスに基づいた革新的なエアロゾル除去システムを導入することが急務です。
そこで、本研究グループは、株式会社日本医化器械製作所と共同で、トレッドミル上で走るランナーの呼吸飛沫の滞留を抑えこむために、垂直方向の層流を発生させるトレッドミル用層流換気システムを開発しました。本システムは、手術室の換気システムを応用したもので、粒径が0.3 µmの粒子を99.97%以上捕集するHEPAフィルターを通した清浄空気をトレッドミル機器の天井に設置した供給ユニットから流し込み(プッシュ)、足側に設置した排気ユニットで吸引して、HEPAフィルターで濾過して排気することで(プル)、トレッドミル機器全体に層流を作りだし、ランナーの呼吸飛沫を効率よく除去することができます。
2.研究の成果と意義・今後の展開
非臨床研究として, ランナーの口や鼻の高さに設置した超音波加湿器または発煙管の噴出口から20cm離れた場所で、層流換気システムの有無での気流を可視化し、微粒子の濃度を連続測定しました。ブース内へ拡散していく発煙管からの煙は、プッシュとプルが連動して初めて効率よく捕集して排気ユニットの吸込み口に取り込まれた。 さらに、粒径が0.3 µm以上の微粒子は、この層流換気システムによって99.9%以上有意に減少しました。
さらに、本システムのトレッドミル運動中のエアロゾルの除去効果を確認するために、ランニングサイエンスラボ(日建総業株式会社)と協力して、20名の健常者(年齢:29±12歳、男性:80%)を対象に、実証試験を行いました。汗乳酸センサ(株式会社グレースイメージング社)を装着しながら、トレッドミル運動負荷を行い、呼気から発生する粒径が0.3 µm以上の粒子数(エアロゾル)を1分間ごとに測定しました。トレッドミル運動負荷は、5分間のウォームアップの後、運動強度を毎分1km/hで増加させました。心拍数が予想最大心拍数の85%に達したのちに、同強度で10分間運動を継続しました。最初の10名で、層流換気システムは稼働させずに運動中のエアロゾルを測定しました。次の10名で、一定負荷運動 (無酸素運動)中に層流換気システムを稼働して呼吸からのエアロゾルの変化を比較しました。
その結果、有酸素運動中(汗乳酸値が上昇する前まで)は、エアロゾルの発生は安静時と同じであること、無酸素運動中(汗乳酸値が上昇を開始した以後)は、急激にエアロゾルの発生が上昇していることが判明しました。さらに、無酸素運動中に層流換気システムを稼働させると、有意にエアロゾルが減少することが分かりました(2120800±759700 vs. 560±170、paired t test; p<0.001)。
今回の研究では、有酸素運動ではエアロゾルの発生が増えないこと、無酸素運動中のエアロゾルの増加は、層流換気システムで完全に抑えられたことが分かりました。感染予防のために免疫力を鍛えるためにも、感染のリスクが少ないと考えられる有酸素運動は奨められること、スポーツジムなどの屋内運動施設では、層流換気システムを用いることで強固な感染対策ができると考えられました。
3.特記事項
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)、木村記念循環器財団、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、総合健康推進財団、パブリックヘルスリサーチセンターおよび株式会社日本医化器械製作所(代表取締役 雉鼻一郎)の支援によって行われました。
4.論文
タイトル:Airborne Infection Prevention During Exercise in the COVID-19 Crisis: A Laminar Flow Ventilation System Trial
タイトル和文:層流換気システムを用いた、運動中のコロナ空気感染予防
著者名:勝俣良紀、佐野元昭、大川原洋樹、澤田智紀、中島大輔、市原元気、福田恵一、佐藤和毅、小林英司
掲載誌:PLOSONE(電子版)
DOI:10.1371/journal.pone.0257549. eCollection 2021
【用語解説】
(注1)SARS-CoV-2の伝播は、咳嗽、くしゃみ、会話、歌を歌った時に排出される、唾液といった感染分泌物や呼吸器飛沫を介して、感染者との直接的、間接的、密接な接触によって発生しうる。呼吸器飛沫は径が5~10μm以上であるのに対し、5μm以下の飛沫は飛沫核やエアロゾルと呼ばれる。空気感染とは、長距離・長時間をかけて空気中に浮遊しても感染力を維持する飛沫核(エアロゾル)の飛散による感染性物質の拡大と定義されている。。SARS-CoV-2の空気感染は、エアロゾルを発生させる医療処置(「エアロゾルを発生させる手技」)中に発生する可能性がある。WHOは、特に換気が悪い屋内環境では、エアロゾルを発生させる手技がない場合にもSARS-CoV-2がエアロゾルを介して拡大する可能性があると警鐘を鳴らしている。
(注2)High Efficiency Particulate Air Filterが略されたもので、JIS規格で「定格風量で粒径が0.3μmの粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率を有しており、かつ初期圧力損失が245Pa以下の性能を持つエアフィルター」と規定されています。
(注3)無酸素性作業閾値(Anaerobic threshold: AT)は乳酸閾値とも呼ばれ、有酸素運動と無酸素運動の境となる領域を指します。ATを超えると、無酸素運動的な代謝が行われるようになります。