2020/10/08

連載:ドクターのスポーツ傷病記録――第1回 佐藤和毅先生「さまざまな怪我を乗り越えて、ラグビーが教えてくれた仲間とのつながり」

スポーツ医学総合センターのスタッフは、医師であると同時に、一人のスポーツ経験者でもあります。
スポーツをするなかで避けられないもの……それは「怪我」「病気」。
連載「ドクターのスポーツ傷病記録」では、スタッフが実際に体験した傷病について、スポーツの思い出と共に語っていただきます。

初回はスポーツ医学総合センター教授・佐藤和毅先生、ラグビーでの怪我のお話です。

佐藤和毅(さとう・かずき)先生

慶應義塾大学医学部スポーツ医学総合センター教授。
1989年、慶應義塾大学医学部卒業。同年慶應義塾大学整形外科学教室入局。2001-2002年ニューヨーク州立大学バッファロー校留学を経て、慶應義塾大学整形外科帰室。2016年1月より整形外科准教授、2019年4月より現職。日本整形外科学会認定専門医、同学会認定スポーツ医・運動器リハビリテーション医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本 日本整形外科学会認定専門医、同学会認定スポーツ医・運動器リハビリテーション医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本障がい者スポーツ協会認定障がい者スポーツ医等の資格を有し、日本整形外科学会スポーツ委員、日本手外科学会監事・代議員、日本骨折治療学会評議員・社会保険等委員、日本肘関節学会評議員・機能評価委員会委員長など多くの学会で要職を務める。東北楽天ゴールデンイーグルスチームドクター、広島東洋カープチームドクター、読売巨人軍メディカルサポートドクター。

(取材・文:有田一花)

――まずは、ラグビーとの出会いについてお聞かせください。

「小学校時代、幼馴染のお父様が早稲田大学ラグビー部のOBで、社会人ラグビーチームの選手でした。それで月に1、2回、近所の子どもを集めてラグビーを教えてくれたんです。
とはいっても、ジャージやスパイクを着用するわけでもなく、ラグビーボールをキックする方法やパスの仕方、ボールを持っている相手をタッチして止めるという、遊び感覚のラグビーでした。それがすごく楽しかったんですね。
あるとき、同僚だという日本代表選手を連れて来てくれたこともありましたが、当時は日本代表がどれだけすごいのかよくわからず、なんだかよく分からないまま一緒に遊んだだけで、何の感動もしませんでした」

――その後、実際に競技としてのラグビーをはじめられたのはいつからでしたか?

「高校2年生のとき、たまたま全国大学ラグビーフットボール選手権大会を観戦しました。慶明戦(注・慶應義塾大学 対 明治大学)で、たしか慶應が明治に負けた試合だったと思います。
一人の選手が、試合中に激しいコンタクトプレーで地面に突っ伏したのですが、次の瞬間にはフラフラになりながら立ち上がって、再びボールを持った相手にタックルしにいったんです。
その姿を目の当たりにして、すごいな、かっこいいと思いました。感動して、本当に涙が出てしまって。自分の中に熱いものがこみ上げてきました。小学生のころの経験も思い出しました。このとき、大学でラグビーを「再開」しようと決めたんです」

――そういった激しいプレーも、佐藤先生の思うラグビーの魅力のひとつなのでしょうか。

「ラグビーはスピード、そして全力でのぶつかり合いという二つの魅力を併せ持っています。どのスポーツももちろん真剣勝負で全力ですが、その中には “静” と “動” があります。
しかし、ラグビーはプレー中のほとんど全ての時間が “動” なんです。試合中ずっと走って、タックルなどの密集戦では格闘技のような力と力のぶつかり合い。終わった後の疲労度はかなりのものです」


試合中の怪我に不安になりながらもチームのために走った

――防具をつけないのもラグビーの特徴のひとつですが、身ひとつでぶつかり合う姿は見ていても迫力があります。

「ネガティブなことをいうと、やっぱり怪我は多いです。ぶつかり合うスポーツなので、仕方ないのかもしれませんが……。選手時代の仲間も、多くが骨折や脱臼などの怪我を負いました。残念ながら、高度な機能障害を残した仲間もいます。できるだけ怪我のないように頑張らなければいけないのですが、どうしても多いですね。医師として働きだしてからも、数えきれないほど多くの選手の障害の治療に携わってきました」

――佐藤先生ご自身も、怪我をされたのでしょうか。

「公式戦で、ラックという密集戦で下敷きになりました。そこへ2つ上の先輩が走りこんで、乗りかかってきたんです。そのとき左足関節に激痛がはしりました。試合はそのまま継続していて、ボールを持った仲間がゴールに向かって走っていました。通常は、それを追いかけるのはラックの外側にいる人が先です。ところがそのとき先輩は私の上に覆いかぶさったまま「早く起きろ!走れ!」と(笑)
結論としては、私は骨折していたんですね。試合後に病院で、足関節外果骨折と診断されました。でもそのときは、試合終了までの残り15分間、痛みをこらえて走りました」

――聞いただけで痛いですね……!

「その2年後の出来事です。相手チームに、同じ大学生とは思えない100kgはゆうに超えた大柄な選手がいました。その選手がボールを持って自陣に突っ込んできた。ひるんだ仲間を難なくかわして、私の方に向かってきました。トップスピードになっているときは、非常に危ないんですよ。でも行くしかないと覚悟を決めて、低くタックルにいった瞬間、頸から右の上肢 (注・肩から指先まで) 全体にビリビリビリッと激しい電撃痛が走って、目の前が真っ白になりました。多分数秒間ですが、意識が飛びました。しかし遠くから「何してんだっ!!早く立て!!走れ!!」という怒号が聞こえて意識が戻りました。右の上肢全体が動かなくなっていて、不安に思いながらもなんとか立ち上がって、ふらふらしながらボールを追いかけました。これはもう、障害が残るかもしれないと思いましたね。いわゆるバーナー症候群でした。徐々に治ってきて、結果的には三日後ぐらいに細かい動作もできるようになったんですが……怒号の主は、OBとして応援にいらしていた、件の先輩でした。試合後のミーティングでは「倒れてもすぐに起きず、休んでいたやつがいた」と叱られました(笑) ですが怒り・恨みはなく、今でも良き先輩後輩の関係です」

――先輩の容赦のない怒号にはつい笑ってしまいますが、怪我をした直後はやはり、不安がありましたか?

「右の上肢全体が動かなかったときは、自分は頚髄損傷を負った、麻痺が残るかもしれないと思いました。頚髄損傷の場合は両手・両足が動かないんですが、当時はまだそんな知識もありませんでした。右上肢が動かないので、これはもう大変だと。両親に申し訳ない、大学に行かせてもらったのに医者にもなれないと……。当時、ラグビーと柔道を週3日ずつ練習して、日曜日には試合に出かける生活をしていました。そんな私を両親は黙って見守っていてくれたんです。いつ勉強するんだ!と怒りたかったと思いますが……だからこそ、本当に申し訳ないと思いましたね」

大怪我をしたとき、師匠である医師がくれた優しい言葉に涙が出た

――怪我の経験の中で、他に印象的だった場面などはありますか?

「PIP関節脱臼骨折は、医師3年目に出場したラグビーの試合で受傷しました。その日の夕方、勤務する病院に戻り、自分でX線撮影をして、関節陥没粉砕を伴う脱臼骨折……つまり、関節の中にめり込んでグシャッと粉砕してしまっているのを確認しました。
どんなに上手く治しても機能障害が出るだろうと覚悟しました。実際今、本来は指が反るはずですが、反っていませんよね。


すごく怒られるだろうと思いながら、翌日上司である整形外科部長に、自分の指を隠して黙ったままX線の画像を見せたんです(笑) すると「これはひどい、何歳ぐらい?どんな患者さん?」とおっしゃるので、「26歳ぐらいですかね……男性で……」と(笑)
そんなやり取りをしているうちに、もちろん私だと分かってしまいました。しかしその後、上司はしばらく考えてから「今日の業務が終了したら緊急手術をしましょう」と優しく言ってくださいました。普段ものすごく怖い上司の思いがけない優しさがすごく嬉しくて、涙が出ました。
おかげさまで、やや伸ばすときに制限はありますが、当初の様子からは考えられないほど良好に治癒しました。機能障害はほぼ無いと言えます。
その上司は医師としての私の師匠の一人であり、医療者としての心構えや、上肢の専門医としての臨床、その他多くの事を教えていただきました」

――では、佐藤先生が医師として患者様に声掛けをするとき、どんなことを意識していらっしゃいますか?

「相手を安心させるのが第一だと思っています。外傷や障害は様々で、全てを完璧に治す!などとおこがましいことは言いません。しかしできる限り元の状態に戻るよう、そして可能な限り早く競技に復帰できるよう、最大限の努力をします。普段患者さんにお話ししていることです」



“One for All, All for One” “No side” の精神が育む仲間への思い

――お話を伺っていると、怪我が多いスポーツで少し怖いように思えますが、
それを上回る魅力があるからこそ、佐藤先生はラグビーに魅了されたのだと思います。
  ラグビーをしていて良かったと思うのは、どんなところでしょうか。

「どんなスポーツも、チームプレーであればもちろんチームの勝利のために全員で頑張るわけですが、ラグビーは特にその精神が強いんです。
“One for All, All for One” という言葉が有名になりましたが、自分の仕事をみんなのためにやる、疲れ切っていても誰かのために走って助けるぞ、という精神です。たとえ自分がボールを持って相手ゴールに迫っていても、トライの可能性がより高ければ仲間にパスをします。15人全員で守り、15人全員で攻めるスポーツなんです。
そこから、組織やみんなのために、周りを見ながら周りのためにということを学びました。自分だけ目立ちたいという気持ちはあまりないんです。“One for All, All for One” の意識は、自分の中にしっかりと根付いています。
また、ラグビーを通じてたくさんの仲間ができました。さまざまな交友関係のなかでも、ラグビーをやっていた仲間は、仲間意識が強いです。それは “No side” の精神があるからだと思います。
ラグビーでは、試合が終われば敵も味方もないという意味で、“No side!” と言い、お互いの頑張りをたたえ合います
そのため繋がりがとても深いです。他大学や、医師でない人とも、ラグビーをやっていたということで親しくなれます。ある講演に呼んでいただいたときに、ラグビーをやっていたということで訪問先の教授と親しくなったこともあります。患者さまからも、ラグビーをやっていたんですね!と親近感をもっていただけるようです。
人との繋がりが厚いというのは、ラグビーをやっていて良かったと思うことのひとつです」

――ありがとうございました!

この記事をシェアする